藤原英昭調教師【厩舎?武豊と岩田康誠騎手?エイシンフラッシュ】

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藤原英昭調教師厩舎武豊岩田康誠騎手エイシンフラッシュ
についての情報です。

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松田国英調教師

藤原英昭調教師は同志社大学馬術部で活躍後、
性格が非常に几帳面で真面目な事や馬術部出身の
腕を買われて調教助手になります。

 

馬に乗るのは手慣れたもので、
最初に戸惑ったのは調教の際の馬の
トップスピードの速さだったと語っています。

 

確かに馬術では馬は加速する事はなく、
障害を綺麗に飛びます。

 

トレセンでは調教をする時に
時計の指示が出されます。

 

大体騎手は体内時計を持っており、
15-15で乗ってくれと調教師から依頼されれば、
15-15できっちり乗りこなします。

 

また調教助手も同じで、
この指示に従って乗ります。

 

慣れてくれば自然と体内時計はついて来るもので、
慣れたもの勝ちです。

 

また騎手と調教助手の1番の違いは斤量です。
大体ジョッキーは調教の際50キロ位で乗りますが、
調教助手は60キロ位で乗ります。

 

その為に騎手が乗った方が必然的に
調教タイムは速くなります。

 

2000年2月調教師免許取得
2001年3月1日に星川厩舎を引き継ぐ形で開業します。

 

3月3日阪神競馬場1R・3歳未勝利戦で2番人気の
インビジブルタッチで快勝し、初出走・初勝利をあげます。

 

非常に調教師としては幸先の良いスタートを決めます。
5月4日には京都新聞杯でテンザンセイザが勝利し、
重賞のタイトルを開業僅か2か月で取る快挙を達成します。

 

騎手の騎乗依頼は関西で厩舎を構えているのにも関わらず、
余程の事がない限り、武豊騎手に騎乗依頼はしません。

 

2007年の日本ダービーでは前哨戦の京都新聞杯を
岩田康誠騎手騎乗で勝利したタスカータソルテに、
武豊騎手が騎乗しました。

 

これはこの年の有力馬であったアドマイヤオーラ、
いわゆるアドマイヤ・武豊事件です。

 

それまで主戦を務めていた武豊騎手をダービーの1週前に降板させ、
タスカータソルテに騎乗すると思われていた
岩田康誠騎手に騎乗依頼を行ったのです。

 

タスカータソルテの騎手と武豊騎手の騎乗馬の双方が
空白になってしまったためです。

 

藤原英昭調教師は2008年5月18日のヴィクトリアマイルを
エイジアンウインズで制し、厩舎開業8年目にして
GI(JpnI)初勝利

 

同年7月9日、ジャパンダートダービーをサクセスブロッケンで
制し、GI(JpnI)2勝目を挙げました。

 

2009年2月22日、フェブラリーSを
サクセスブロッケンで制します。

 

同年12月29日、年末最後のGIの
東京大賞典をサクセスブロッケンで制しました。

 

2010年5月30日、東京優駿をエイシンフラッシュで制します。
その後古馬になり、エイシンフラッシュは
天皇賞・秋も制します

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